様々な想いを届ける。

2016/04/22

釣り仲間から集めた義援金を東北に届けて来ました。まず最初に断っておきますが、とても長い文章になると思われますので読む方は時間が有る時にでも読んで頂けたら幸いです。


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■ 出発。


私事もあり届けるのが遅くなった感は否めない義援金を届けに東北に行って来ました。まず最初に難しいと感じたのは自分の心の置き場。明るく行きたい部分もあるし、神妙な面持ちで行きたい自分もおり同行してくれたエディさん並びにNAOKIさんに対しどう接して行けばいいかわからない。




楽しんで行くべきではないが、暗い顔して行くのもまた違うのではないか?という葛藤を抱えたまま青函フェリーに乗り込み就寝。


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■ 青森到着。


睡眠不足だったのでフェリーの中で爆睡。目が覚め青森から盛岡に向かうが、バス釣りの時のワクワク感みたいなのは全く無く多分二人から見たら取っつきにくい奴に映った事だと思う。そんな心情のまま弘前市を通過した際、国道を綺麗な夜桜が包み込む。




この桜を見た瞬間、何か心の中にあったモヤモヤが吹き飛ぶ。知らず知らずのうちに世の中に蔓延している不謹慎だ!モラルに欠ける!などの声に過敏に反応して心が乱れてしまってたんじゃないかなと。けど・・まぁ自分は自分。桜と一緒で花を咲かせる為に一生懸命なわけで、自分は自分の出来る事を一生懸命やるだけだなと改めて腹をくくる。


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■ 盛岡まで。


それからの盛岡までの道のりは比較的時間に余裕があったので、所々寄り道。





中でも岩手県にある不動の滝は素晴らしかった。日本百戦に選ばれる滝ってのも納得出来る絶景。








マイナスイオンを浴びて再度車を走らせる。目指すは岩手県庁。義援金をどういう部分で使って欲しいか車内で再度議論が行われ気がつけば盛岡市に到着。




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■ いざ県庁へ。


県庁が開く8時半まで少し盛岡市をウロウロ。道の狭さと人口密度と自転車の多さにに驚く。運転中のエディさんは「危ねって!危ねって!」と車道を走る自転車に怒ってばかり(笑)




そして、満を持していざ県庁へ。








ボクらの希望としては、
未来に向けた子供たちへ
海に従事する方々たちへ


と、そこらへんに使われるのが望ましいと考え、然るべきところへ義援金で集まった総額160000円を渡して来ました。釣り仲間の輪で集まったお金なので、やはり釣りに携わる部分に充ててもらうのが筋だと考え、そうさせて頂きました。また「釣猿」並びに「鈴木」としてではなく函館の釣り好きの輪として寄付した事も付け加えておきます。


一連の活動にご協力してくれた方々へ。


届けるのが大変遅くなってしまった事、報告が密にされてなかったこと、誠に申し訳ありませんでした。人間として未熟な部分が多々あるボクの言動を支持し協力してくれた事にとても感謝してるし、自分としてもいい勉強させてもらいました。そしてサポートしてくれたエディさんとNAOKIさんにも心から感謝すると共に、これを持って東北大震災義援金活動を終了させて貰います。

本当に本当にありがとうございました!


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■ 被災地へ。



県庁を後にし、被災地へ向かいます。
目指すは宮古。道中ではトラックや作業服の方や工事現場を多く見掛け、その時点で薄々とまだまだ復興には程遠いんだろうなという思いがあったのですが・・現地についてその考えは的中。


※ここらへんは直に見てほしいのもあり、三人共写真は1枚も撮ってません。

海岸線を通るとニュースやYouTubeで見た景色が延々と続き、改めて被害の大きさを感じた。そして、漁港近くの「シートピア なあど」に食事をしに行くと、頭の遙か上に津波の跡。



当時の写真があったので見てみると・・
矢印の場所が「シートピアなあど」。






写真だけでも凄まじさが伝わる。
しかし傷跡は凄いが現地の方は逞しく、微笑ましい様や頑張ってる様が伝わるので悲観的になる必要はないと感じた。頑張ってる人達に今更「大変だったね」なんて言葉よりジュースでも差し入れて「頑張って!」と笑顔で接した方が今は相応しい。そんな気がした。


廃屋の前で咲く桜も





反対から見れば全然見え方が違う。





時には振り返る必要はあるかも知れないがポジティブに頑張って欲しい。そして、またいつか三陸に来て今度は釣りを楽しめたらな・・と。


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■ ルーツを辿る。


宮古を後にし北上する三人。


ここからは自分のわがままで「普代村」を目指す。数年前に亡くなった祖母はこの普代村の出身で、昭和8年の昭和三陸地震で被災し10人兄弟の半分が波に飲まれ亡くなったのもあり後に北海道に移住し一生を終えた。


親父がまだ生きてる頃に祖母が普代村の出身だと話を聞いた際「俺も行った事がない」と言っていたので親父が亡くなった頃から一度行ってみたいと考えていたのだ。


そして車を走らせること一時間半、普代村に到着。





震災があった頃、東北に住む釣り仲間に普代村は被災したのか尋ねたら大したことはないと聞いてたんだけど・・それでも爪跡はしっかり残されていた。ここに来て何かしたかった訳ではなく、ただ見てみたかった。けど爪跡を見てしまったら何か自分に出来ることは無いものかと感じたので今後は個人的に模索しようと思う。


何もない所だけど・・綺麗な海を見て胸が熱くなった。言葉に出来ないけどね。


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■ 青森へ。


当初より帰り際に少しだけでも釣りして来ようと話し合ってたのだが、あちこち見てたら時間が無くなり高速や有料道路を使い青森へ急ぐ。そして青森の野池で実質30分のバスフィッシング開始!




何も釣れん!
でも言葉に出来ない何か重たい空気を緩和してくれたのは間違いない。目で見たものたちが知らず知らずのしかかってたんだろうね。


そして帰りのフェリーへ。




帰りも泥のように眠った。

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■ 〆。


東北大震災から五年。
義援金を届けるのが遅れ届けるのも「いまさら?」って現地の方は思うのかな?とか考えてたが当初よりは減ったものの今も尚、義援金を届けにくる方は跡を絶たないそうだ。五年経った今でも目にすると復興にはまだまだ時間がかかるのは歴然。どんなアクションでも決して無駄ではないと断言出来る。


風化されない様、今後も機会があればブログでも書いて行こうと思うし自分に出来る事があればしていこうと思う。






そして最後に。

今は九州の熊本県が困っています。
一番怖いのは関心を持たれなくなる事だと思いました。自分に出来るどんな些細な事でもいいので・・してあげてほしいと勝手ながら思うのです。世間の声や場時雑言で心が揺さぶられる事は多いと感じる時代ですが気持ちを強く持ちみんなで乗り越えて行きましょう!



ボクに携わってくれた皆様ありがとうございました!並びにホントお疲れ様でした!m(_ _)m







鈴木
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プロフィール

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北海道函館市釣り情報サイト「釣猿」の運営者。ルアーフィッシングだけではなく様々な釣りに挑戦中!

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